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プレミアムフラワーの花コラム

第84回:オミナエシは女性の矜持(きょうじ)

2024.9.1

 記録的な暑さが続きましたが、さすがに9月に入ると秋の気配がかすかに漂い、火照る体を癒すかのように秋の草花が咲き始めました。

古くから親しまれてきた草花

 秋の七草の一つ、オミナエシは、万葉集や源氏物語、枕草子などにたびたび登場し、古くから人々に親しまれてきた草花です。オミナエシ科の多年草で、8月から9月にかけて、茎の先端に直径4ミリほどの黄色い、小さな花が集まって咲きます。

美人を圧倒するほど美しい

 「オミナ」は女性、「ヘシ」は圧倒するという意味の「圧(へ)す」の連用形。美しい女性を圧倒するほど美しいことから、オミナエシの言葉が生まれたと言われています。
 漢字では「女郎花」と書きます。遊女に関した由来があるのだろうと思っていましたが、調べてみると違いました。日本語源大辞典によると、「女郎」の語源は身分の高い人を意味する「上臈(じょうろう)」。これが江戸時代に「女郎」に転じ、女性の名前の下につけて、敬意や親密の情を示す言葉になり、一般的な女性、若い女性を意味するようになりました。
 女性の花ということで「女郎花」の字を充てたのでしょうが、その後、「女郎」は一般的な女性の意味は薄れ、遊女のイメージが強くなりました。

女郎花が地名になったところ

 「女郎花」が地名になったところがあります。京都府八幡市八幡女郎花。この地にある松花堂庭園がオミナエシに縁があると人づてに聞いて、行ってみました。4~5世紀の古墳を改修して造られた国指定の美しい名勝です。2ヘクタールほどの広い庭園奥の一画=写真=がオミナエシで黄色く彩られていました。遠目には菜の花のようにも見えます。

花に生まれ変わっても許さない

 この地に伝わる女郎花の話は、能の演目=写真左側=になっています。
 《平安時代、八幡に住んでいた小野頼風が仕事で行った京で女性と契りを結び、仕事を終えて八幡に戻ってから女性と疎遠になりました。思い余った女性が八幡の頼風の家を訪ねると、頼風は別の女性と暮らしていました。
 捨てられたと思った京の女性は放生川に身を投げ、女性が脱ぎ捨てた衣が朽ちて、そこから女郎花の花が咲きました。頼風が近寄ると、花はのけぞって、よけようとし、頼風が離れると、花は元に戻ります。女性の深い恨みに気づいた頼風は自責の念にかられ、自らも川に身を投げました。》
 死んで花になってもなお頼風を許さないという女性の怨念は、鬼気迫るものがあります。庭園の片隅には、この女性を憐れんで人々が築いたという小さな五輪石塔=写真右側=が建っていました。
  ※能の写真は今年5月12日に矢来能楽堂で催された「観世九皐会 五月定例会」のポスター

側室を持つのは男の甲斐性?

 今でいうなら、この悲話は重婚か婚約破棄、あるいは出張先での不倫?いずれにせよ、頼風はとんでもない男ということになります。しかし、江戸時代までは上流社会では正室(正妻)の他に側室を認める側室制度があり、側室を持つのは男の甲斐性として是認されることもありました。
 NHKで放映中の大河ドラマ『光る君へ』では、主人公のまひろ(紫式部)が道長に結婚を迫られ、「私を北の方(正室)にしてくれるということですか?」と訊ねる場面がありました。道長が「北の方は無理だ」と答えると、まひろは結婚を拒否します。この場合の結婚は正式のものではなく、妾になるというものでした。

女性の気持ちを代弁

 この制度の陰で、おびただしい数の女性が人としての尊厳を傷つけられ、涙を流してきました。頼風から顔をそむける女郎花は、そんな女性の気持ちを代弁していると言えるかもしれません。

女性の矜持を花言葉に

 菜の花のように見えた女郎花は、近づいてみると花びらの数は菜の花より1枚多い5枚。日差しの中では、黄色というよりも金色に輝いて見えました。草丈は60 - 100 cmと高く、か弱そうに見えますが、強い風に吹かれてもユラユラと揺れるだけで滅多なことでは倒れません。
 女郎花は女性にたとえられることが多く、花言葉は「美人」「はかない恋」など。背筋を伸ばすように真っすぐに立つ姿を見ると、「女性の矜持」も花言葉に付け加えたくなりました。

※参考図書
「日本語源大辞典」(監修:前田富祺、発行所:小学館)
「謡曲集 上」(著者:伊藤正義、発行所:新潮社)
「花をめぐる物語 女郎花」(著者:馬場あき子、発行所:かまくら春秋社)

※参考サイト
「みんなの趣味の園芸 NHK出版 オミナエシ」
「八幡市観光協会 女郎花塚」
「中日新聞Web 能楽おもしろ鑑賞法34 『女郎花』行き違い美しく悲しく」
「女郎花悲話にみる人間行動」
「no+e gatokukubo 2020年9月9日」

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コラムライターのご紹介

福田徹(ふくだ とおる)

元読売新聞大阪本社編集委員。社会部記者、ドイツなどの海外特派員、読売テレビ「読売新聞ニュース」解説者、新聞を教育に活用するNIE(Newspaper in Education)学会理事などを歴任、武庫川女子大学広報室長、立命館大学講師などを勤めました。
花の紀行文を手掛けたのをきっかけに花への興味が沸き、花の名所を訪れたり、写真を撮ったりするのが趣味になりました。月ごとに旬の花を取り上げ、花にまつわる話、心安らぐ花の写真などをお届けします。

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