第93回:ツユクサは花ではない、“露の精”である 2025.06.1 梅雨時は灰色の空に覆われる日が続きますが、野や山に目をやれば思いのほかカラフルな光景が繰り広げられています。アジサイは青、紫、ピンク色の花を、ビヨウヤナギやキンシバイは黄色い花をつけ、葉は雨に濡れて緑を濃くしています。 ツユクサはこれから秋にかけて、道端や草むら、土手などを散歩していて、よく見かける花です。ただし、午前中の散歩に限ります。朝早く咲いて昼には萎む一日花で、英語名は「Dayflower」。文字通り、一日限りの短い命の花です。 「露草」の語源は、はかない命から朝露を連想して付けられたという説があります。また、衣服を染めるのに使われていたことから、色がつく「ツキクサ」がもとになったとも言われています。 日本では昔から馴染みのある花で、万葉集では「月草」の名前で9首に詠みこまれています。ツユクサで染めた色はすぐに落ちることから、儚い命や恋、心変わりにたとえられました。 「不如帰(ほととぎす)」の小説で知られる明治の小説家・徳富蘆花(1868ー1927)=写真左側=は著書「みみずのたはこと」=写真右側=の中でツユクサを絶賛しています。 さらに蘆花は、私たちのツユクサに対する態度を𠮟りつけます。 元読売新聞大阪本社編集委員。社会部記者、ドイツなどの海外特派員、読売テレビ「読売新聞ニュース」解説者、新聞を教育に活用するNIE(Newspaper
in Education)学会理事などを歴任、武庫川女子大学広報室長、立命館大学講師などを勤めました。プレミアムフラワーの花コラム
様々な色が交錯する中でも、ツユクサの青はひときわ鮮やかです。1日限りの短い命
ツユクサはツユクサ科ツユクサ属の一年生植物で、繁殖力が強く、1.5~ 2 cmの花を次々とつけます。花びらは3枚あり、上の2枚は青くて大きく、下の1枚は白くて小さいという独特の花姿をしています。ツユクサは汗をかく
ツユクサの葉は、雨が降っていなくても濡れることがあります。暑い時は、葉の気孔が開いて水を出して気化熱で自らを冷やします。私たちと同じように汗をかくのです。名前の本当のいわれは、ツユクサの汗が露と見紛われたということかもしれません。儚さや心変わりのたとえに
《月草の借れる命にある人をいかに知りてか後も逢はむと言ふ》(作者不明)
(月草のように儚い命の私たちなのに、どうして「後で逢いましょう」なんて言うのですか)「花ではない。露の精である」
『碧(あお)色の草花の中で、彼はつゆ草の其(そ)れに優(ま)した美しい碧色を知らぬ。=中略=花の透(す)き徹(とお)る様な鮮やかな純碧色は、何ものも比(たぐ)ふべきものがないかと思ふまでに美しい。つゆ草を花と思ふは誤りである。花では無い、あれは色に出た露の精である。』
『露の精』とまで言われると、今までツユクサを何気なく見ていたことが申し訳なくなってきます。
※本の著者名「徳富健次郎」は徳富蘆花の本名つゆ草を踏みにじるな
『吾等(われら)は兎角(とかく)青空ばかり眺めて、足もとに咲くつゆ草をつひ知らぬ間に蹂(ふ)みにじる。』
この梅雨時、ツユクサを見かけたら、足を止めて、じっくり鑑賞してみることにしましょう。◇
※参考図書
「みみずのたはごと」(著者:徳富健次郎、発行所:角川書店)
「雑草のサバイバル大作戦」(作・絵:里見和彦、監修:高知県立牧野植物園、発行所:世界文化社)
「月刊かがくのとも つゆくさ」(さく:矢間芳子、発行所:福音館書店)
※参考サイト
「日本薬学会 生薬の花」
「国立科学博物館」
「Youmeishu 元気通信 生薬ものしり事典93」
「万葉集‐植物が詠い込まれた歌を楽しむ 宇都宮大学名誉教授 竹内安智」
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コラムライターのご紹介
福田徹(ふくだ とおる)
花の紀行文を手掛けたのをきっかけに花への興味が沸き、花の名所を訪れたり、写真を撮ったりするのが趣味になりました。月ごとに旬の花を取り上げ、花にまつわる話、心安らぐ花の写真などをお届けします。