花コラム
花コラム第80回:ソメイヨシノは「散る桜」
第80回:ソメイヨシノは「散る桜」 2024.4.1 春爛漫。桜前線が北上して日本列島をピンク色に染めていき、満開の桜のもとに人々が集っています。お花見は多くの人が楽しむ国民的行事とも言えるでしょう。 桜は咲く姿だけでなく、散る姿も心を打ちます。 日本には数百種の桜がありますが、そのうち約80%はソメイヨシノ=写真=です。ソメイヨシノは江戸時代後期にエドヒガンザクラとオオシマザクラを交配して生まれました。当時の人は、それまでの桜にはない繊細な美しさに驚いたことでしょう。しかし、この品種は同じ花の雄しべと雌しべの自然交配では受精せず、子孫を残すことは出来ません(自家不和合性)。そこで、接ぎ木によって増やされてきました。 接ぎ木は同じ遺伝子を持つ個体、つまりクローンを作り出すことです。1996年に世界で初めてのクローン動物・羊の「ドリー」が誕生して大きな話題になりましたが、接ぎ木は平安時代から行われていました。植物の世界では、動物よりはるか昔からクローンが誕生していたことになります。 ソメイヨシノは花径3〜4cm、5枚の花びらの先に切れ込みが入っています=写真=。咲き始めはピンク色ですが、次第に白っぽくなっていきます。 日本各地の開花予想日を線で結んだ「桜前線」も、ソメイヨシノがクローンだから生まれた言葉です。クローンはお花見には都合が良いようです。しかし、そうとばかりは言っていられないこともあります。 今、私たちが目にしているソメイヨシノの多くは、戦後の高度経済成長期(1955~1973年)に全国各地で競うようにして接ぎ木で植えられたものです。クローンは寿命もほぼ同じで、60~80年と言われています。だとすれば、間もなく寿命が尽きることになります。 こうしたことから、桜名所づくりに取り組み、これまでに200万本以上の苗を配布してきた公益財団法人「日本花の会」は2009年からソメイヨシノの販売を中止。その代わりに「てんぐ巣病」に強いジンダイアケボノ=写真左側=やコマツオトメ=写真右側=への植え替えを推奨しています。 ソメイヨシノは品種そのものが「散る桜」になる定めのようです。 ※参考図書プレミアムフラワーの花コラム
散る桜 残る桜も 散る桜
「散る桜 残る桜も 散る桜」。良寛和尚が辞世の句として詠んだとされています。どんなに美しく咲いている桜もいつかは必ず散るものだ。ハラハラと舞い散る花びらを見て、風情があると思う人もいれば、世の無常を感じる人もいます。桜の80%はソメイヨシノ
植物のクローンは平安時代から
※写真はドリーのはく製(スコットランド国立博物館所蔵)クローンだから一斉に咲いて散る
その咲き方、散り方にも特徴があります。昔の日本の花見は主にヤマザクラが対象でした。1本1本、遺伝子の異なるヤマザクラは個体によって咲くのも散るのもバラバラです。これに対して、クローンのソメイヨシノは気候や土壌など生育条件が同じなら、一斉に咲き、一斉に散ります。この特徴があるから、“見渡す限り満開の桜”という絶景が楽しめるのです。クローンだから環境に適応出来ない
生物は環境の変化に適応して耐性を身につけますが、単一クローンのソメイヨシノは突然変異でも起こさない限りは、新しい耐性を得ることはありません。このため、ソメイヨシノは他の桜よりも、枝が異常に密生して花が咲かなくなる「てんぐ巣病」に弱く、管理している自治体などは対策に頭を痛めています。間もなく寿命が尽きる?
ソメイヨシノは花見客に根元を踏み固められて樹勢が衰えることがあります。さらには地球温暖化が進めば、日本の南部ではソメイヨシノは生育しなくなるのではという指摘もあります。代替品種への植え替えが進む
関西の桜の名所・宝塚大劇場(兵庫県宝塚市)前の遊歩道「花の道」でもソメイヨシノが枯れたり衰弱したりしていることから、同市はジンダイアケボノに植え替えることにしています。
※写真は「日本花の会 花図鑑」から転載お花見で目にする光景は徐々に変わる
代替品種のジンダイアケボノはソメイヨシノとほぼ同じ時期に開花しますが、花弁はより濃く、グラデーションがあります。コマツオトメはソメイヨシノよりは早く咲き、花弁は小ぶり、色は濃い目です。
お花見で目にする光景は、徐々に変わっていくことでしょう。◇
『桜が創った「日本」―ソメイヨシノ 起源への旅』(著者:佐藤俊樹、発行所:岩波書店)
「街路樹を楽しむ15の謎」(著者:渡辺一夫、発行所:築地書館)
「桜の王者ソメイヨシノ 見えてきた起源」(2018年3月4日産経新聞)
「『はなの道』サクラ復活へ 宝塚市対策始める」(2024年3月22日読売新聞)
※参考サイト
「国立科学博物館 日本の桜」
「公益財団法人 日本花の会」
「このはなさくや図鑑(小松乙女)」
「ジンダイアケボノ 石川県」
「庭木図鑑 植木ペディア」