花コラム
花コラム第89回:天国の匂い~与謝野晶子が愛したサクラソウ
第89回:天国の匂い~与謝野晶子が愛したサクラソウ 2025.02.1 寒波がやって来たかと思えば寒さが緩むなど、寒暖差の激しい日が続きます。春の訪れを告げるサクラソウの咲くのが待ち遠しくなります。 歌集「みだれ髪」や「君死にたまふことなかれ」の詩などで知られる“情熱の歌人”与謝野晶子(1878~1942)=写真は52歳の頃の晶子(鞍馬寺蔵)=は大の花好き、ことのほかサクラソウが好きでした。 目の美しい、黒髪がふさふさした12歳の少女・千枝子はサクラソウの前に籐椅子を持ち込んで座り、母親と楽しげにおしゃべりをします=写真は童話『環の一年間』の中のイラスト=。 サクラソウはサクラソウ科の多年草で、草丈は15~20㎝、3月から5月にかけて花径2~5cmの花を咲かせます。桜のような花をつける草ということで、サクラソウ(桜草)と名付けられました。 江戸時代から主に武士の間でサクラソウの本格的な栽培が始まり、白、紅、ピンク、紫などの色変わりや色々な形の花が生まれました。「連(れん)」と呼ばれる栽培グループが新しい品種の作出を競い合い、今では300を超える品種があります。 埼玉県さいたま市桜区にある「田島ヶ原サクラソウ自生地」=写真はさいたま市観光協会のホームページから転載=は125年も前に国の特別天然記念物に指定されており、サクラソウは埼玉県とさいたま市の花になっています。荒川流域の一帯は江戸時代からサクラソウの名勝地として人々に親しまれてきました。「桜区」の地名は桜ではなくサクラソウに因んで命名されました。 与謝野晶子の出身地は堺県和泉国(現・大阪府堺市)です。その大阪府民の花にもサクラソウは選定されています。 先の童話「環の一年間」で、晶子はこうも書いています。「天国の空気ってきっとこんなのでしょう、いい匂いがして。」プレミアムフラワーの花コラム
春先に可憐な花を一斉に咲かせるサクラソウは日本人にはなじみが深く、古くから多くの人を魅了してきました。「一番美しいのは桜草」
5万首もの詩を詠んだ晶子は歌人として余りにも有名ですが、実は子供にせがまれて100編近くの童話も書いています。その童話の一つ『環の一年間』では、様々な花が咲く温室の中で「一番美しいのは桜草の鉢」と書いています。夏の夕方の雲のよう
「桜草は夏の夕方の雲のようですね。」「いい色だね。」「私は温室に来ると天国に来たように思う。」……。桜を咲かせる草
〈我国は草も桜を咲きにけり〉(小林一茶)
一茶はサクラソウを「桜を咲かせる草」と見立てました。大切にしたい希少な野草
サクラソウは田畑の水路沿いなど日差しや湿り気のあるところで生育します。しかし、開発が進んで生育地が少なくなったうえ、園芸目的で採取され続けたことから全国的に減少し、2000年に絶滅危惧類に指定されました。その後、ボランティアらが環境保全に取り組み、サクラソウは絶滅の恐れは少し減って準絶滅危惧類になりましたが、大切にしたい希少な野草であることに変わりはありません。埼玉県とさいたま市の花
大阪府民の花に晶子も喜んでいる?
大阪・花の万博(1990年)の前に行われた府民の人気投票(応募総数13,722通)ではパンジーが1位になりました。ところが、選定委員会はパンジーではなくサクラソウを府民の花に選びました。主な理由は、サクラソウが大阪の金剛山麓に自生していることでした。「何のための府民投票だったの?」という気もしないではありませんが、晶子は好きな花が選ばれて喜んでいるかもしれません。天国の空気ってこんなの
サクラソウの匂いを気に留めたことはありません。この春、サクラソウに出会う機会があれば、近づいて“天国の匂い”をかいでみようと思います。◇
※参考図書
「定本 与謝野晶子全集第三巻歌集三」(著者:与謝野晶子、発行所:講談社)
「童話 環の一年間 与謝野晶子」(作者:与謝野晶子、編者:上田博、古澤多起子、発行所:和泉書院)
「サクラソウの目-繁殖と保全の生態学」(著者:鷲谷いづみ、発行所:地人書館)
※参考サイト
「与謝野晶子第十二歌集≪さくら草≫抄-1」
「みんなの趣味の園芸 サクラソウ」
「さいたま市 田島ケ原サクラソウ自生地」
「武蔵野新報 天然記念物指定100年」
「2020年4月23日レファレンス協同データベース サクラソウが大阪府の花になったきっかけは?」
「日本経済新聞大阪版1988年1月4日夕刊」
「サクラソウ‐日本のレッドデータ検索システム」
「Yumenavi小さなサクラソウが教えてくれる種を守りことの大切さ」