花コラム
花コラム第82回:父の日に贈る花は?~宮沢賢治の場合
第82回:父の日に贈る花は?~宮沢賢治の場合 2024.6.1 6月16日は「父の日」。「母の日」と一緒にして、身近な人に感謝する「ファミリーデー」にしようという動きもありますが、今はまだ別々にするのが主流です。 本やネットで調べてみると、「バラが定番」という記述が数多く見つかりました。国民的作家の宮沢賢治(1896~1933年)が「真紅のバラ」を愛したというのは有名な話ですが、「父の日」に贈るバラは黄色=写真=とされています。しかし、ヒマワリやガーベラ、ユリ、胡蝶蘭などを勧める人もいて、バラ一択ではないようです。 「父の日」は20世紀初頭にアメリカで始まり、戦後間もなく日本に伝わりましたが、なかなか普及しませんでした。日本はまだ男性優位社会の色合いが強かったことから、「わざわざ男性が感謝される日を設ける必要なんてない」と考える人が多かったのかもしれません。 「母の日」の花と比べると、「父の日」の花はいささか影が薄い感じがします。「記念日のプレゼントは何がいい?」というアンケートはいくつかあります。どの調査でも「母の日」は花がトップにあげられる一方で、「父の日」はお酒、ネクタイ、グルメなどが上位にあげられ、花はベスト10にすら入っていません。花は女性に贈るものという考えが根強いのでしょうか? 宮沢賢治が真紅のバラを愛したという話は、賢治と親交のあった花巻共立病院院長の佐藤隆房氏が著書『宮沢賢治―素顔のわが友』=写真左側=で「賢治さんは私に立派な薔薇の苗二十種を届けてくれました」と書いたことから広まりました。賢治は主治医でもあった佐藤氏に新築祝いとしてバラを贈っていたのです。 賢治=写真=は128編の童話を世に送り出しました。作品に登場する花の中で最も多いのはバラの25回。二番目に多く登場するのは「花」という総称で17回、続いてユリとリンドウの各5回です。賢治のバラに対する思い入れの強さが伺えます。 賢治は37歳で、父親の政次郎より先に亡くなりました。政次郎は病弱だった賢治に惜しみない愛情を注ぎ、折に触れて経済的に、精神的に支え続けました。父親の話は門井慶喜が著した「銀河鉄道の父」=写真=で紹介され、映画にもなっています。 ※参考図書プレミアムフラワーの花コラム
母の日に贈る花はカーネーションと決まっています。ところが「父の日に贈る花は?」と聞かれても、すぐには思い浮かびません。黄色いバラの一択ではない
ようやく普及した父の日
1981年に「FDC 日本ファーザーズ・デイ委員会」が設立され、幸せの象徴である黄色をイメージカラーにして、普及に努めました。百貨店や酒販店などが父親にプレゼントを贈ろうというキャンペーンを展開したことなどと相まって、「父の日」の認知度は高まりました。花は女性に贈るもの?
※写真は横浜市の「お酒のアトリエ吉祥本店」のディスプレイ(2020年)賢治は主治医にバラを贈った
後に、賢治が贈ったバラは「グルス アン テプリッツ」=写真右側=と分かりました。和名は「日光」、花径7cmほどのビロードのような真紅のバラです。賢治の童話に最も多く登場する花
新築祝いには装飾品、お酒、観葉植物など色々と考えられます。賢治が数ある贈答品の中から、あえてバラを選んだのは興味深い話です。人と自然、宇宙の関わりを深く洞察した賢治には「花は女性に贈るもの」という固定概念はおよそありませんでした。賢治が父の日に贈るとしたら…
賢治は時には父親に反発もしましたが、その実、どれほど深く感謝していたことでしょうか。当時、父の日があったのなら、賢治は父親にも真紅のバラの花を贈っていたかもしれません。◇
「宮沢賢治―素顔のわが友」(著者:佐藤隆房、出版社:富山房企畫)
「銀河鉄道の父」(著者:門井慶喜、発行所:講談社)
※参考サイト
「宮沢賢治の童話作品に登場する植物について―山形大学農学部 平智、北原裕理、原理恵子、村岡睦美の4氏の共著」
「賢治が愛したバラ(3)-宮沢賢治の詩の世界」
「FDC日本ファーザーズ・デイ委員会」
「日本文化研究ブログ」
「FDC 日本ファーザーズ・デイ委員会」