花コラム
花コラム第85回:梅ではなく、藤が選ばれた理由
第85回:梅ではなく、藤が選ばれた理由 2024.10.1 新紙幣が7月に発行されました。キャッシュレス決済が増えたこともあって、現物はなかなか目にしなかったのですが、ようやく2か月後に新五千円札が我が家にやってきました。表面=写真上=は津田塾大学の前身の女子英学塾を創立し、女子高等教育に尽力した津田梅子、裏面=写真下=はフジ(藤)の花が描かれています。偽造されにくいよう複雑な色合いになっていますが、基調は紫色です。 紙幣のデザインは、通貨行政を担当している財務省、発行元の日本銀行、製造元の国立印刷局の三者で協議し、最終的に財務大臣が決定。これまでの慣例では、紙幣の表面の肖像が男性の場合は裏面に建造物や動物を、表面が女性の場合は裏面には花をあしらうようにしています。だとすれば「津田梅子=写真=が表なら裏は梅になるのでは」という声がネットで飛び交いました。 梅子の名前は、梅子の母親が庭の盆栽の梅がほころんでいるのを見て名付けたと言われています。津田塾大学の飯野正子・元学長は「津田先生は、まさに冬の厳しさに耐えて凛と咲く梅の花のように、気概を持って新しい世界を切り拓いた女性」と記しています。「凛と咲く梅」=写真=は津田梅子を象徴する花です。それなのに、どうして紙幣の花は藤になったのでしょうか? マメ科フジ属のフジ(別名ノダフジ)は4~5月に蝶のような形をした薄紫色の小さな花を房状に咲かせます。花のついた枝が垂れ下がる藤棚は、日本各地で名所になっています。 全国で苗字の多いランキングの1位は佐藤、5位は伊藤、10位は加藤。ベスト10の3つにまで「藤」の字が入っています。それほど、藤は昔から日本人の身近にあった花なのです。 藤=写真=の魅力を作家の幸田文は次のように記しています。 財務省などは「名前が梅子だから裏面の花は梅」というのはベタな、面白みに欠ける発想と考えたのでしょうか?幸田文のように《情緒の花》に魅入られて、あえて藤を選んだのでしょうか? 《裏面の図柄については(中略)各券種の色味やイメージに合うものを採用することとしています。紫色の五千円券には、古事記や万葉集にも登場し、日本では古くから広く親しまれている「フジ(藤)」の花を採用しています。》 ※参考図書プレミアムフラワーの花コラム
※写真は国立印刷局のホームページから転載梅は津田梅子を象徴する花なのに
※写真は津田塾大学のホームページから転載「野田の藤」は三大名所だった
ノダフジの名前は、古くから大阪市福島区の旧野田村の春日神社=写真=周辺で自生していたことから名付けられました。豊臣秀吉が見物に訪れたという記録や伝承も残っています。江戸時代は「野田の藤」は「吉野の桜」「高雄の紅葉」とともに三大名所と称されました。
※写真は大阪府神社庁ホームページから転載「藤」の付く苗字は多い
藤は「情緒」の花
《園の藤、棚の藤というと、一面ひとつらの幕になってさがる、ように思いちがえる。遠目にはその通りだが、近くみれば、よく似てしかもそれぞれだった。長い房はメートルを超して、優雅である。短い房は、同勢そろって、さざめくように揺れ、これも美しい。藤波というが、風がわたればまさに波とみえる。なんということもなくこの花に「情緒」という言葉を思い当てた。》
※同勢(どうぜい)=一緒に連れだっていく仲間藤が紙幣に採用された理由は?
そうではないようです。答えは財務省のホームページ「紙幣の裏面の図柄の選定理由を教えてください」に書いてありました。決め手は色味
《古くから広く親しまれている》ということでは、梅でもよかったはずです。《イメージ》では、梅は藤に負けていません。何のことはない、藤が紙幣と同じ《色味》の紫色だったことが決定的な選定理由になったようです。◇
「津田梅子」(著者:大庭みな子、出版社:朝日新聞社)
「花の名随筆 五月の花」の「藤 幸田文」(発行所:作品社)
※参考サイト
「新しい日本銀行券特設サイト 国立印刷局」
「財務省 紙幣の裏面の図柄の選定理由を教えてください」
「お札に関するよくあるご質問 国立印刷局」
「津田塾大学」
「みんなの趣味の園芸 NHK出版」
「全国苗字ランキング」
「朝日新聞degital 津田塾大学学長 飯野正子氏」2004~2012