花コラム
花コラム第88回:縁起の良い干支の名の植物たち
第88回:縁起の良い干支の名の植物たち
2025.01.1 2025年が明けました。今年は団塊の世代の全員が75歳以上になり、人口の5人に1人が後期高齢者になります。社会保障費が増大する一方で労働力が不足し、経済成長が鈍化するのではないかという「2025年問題」が始まりました。 お正月に付き物のお酒。そのお酒をいっぱい飲む人は「うわばみ(蟒蛇)」と言われます。蟒蛇は大蛇を指す言葉です。大酒飲みが、獲物を大量に丸呑みする大蛇にたとえられました。この名前が、そのままつけられたのが「ウワバミソウ(蟒蛇草)」=写真左側=です。 ヒロハヘビノボラズ(広葉蛇上らず)という説明文のような名前の植物もあります。その名前の通り、葉=写真左側=が広く、枝=写真右側=には蛇が登れないような刺があることが名前の由来です。メギ科メギ属の落葉低木で、5~6月に香りの良い、黄色い小さな花をつけます。東京、鳥取、宮崎など8都県で絶滅危惧種に指定されている希少な植物です。 サトイモ科テンナンショウ属の多年草のマムシグサ(蝮草)は、まだら模様の茎=写真左側=がマムシに似ていることから、この名前が付けられました。晩春に開花、秋には赤色のトウモロコシのような実=写真右側=をつけます。 バラ科キジムシロ属の多年草ヘビイチゴ(蛇苺)=写真=はあぜ道や湿った草地でよく見かけます。ヘビがいそうな所に生育し、ヘビが食べると思われていたことが、名前の由来です。 蛇は古くから豊穣の神として信仰され、脱皮する姿から「復活と再生」を象徴する縁起の良い動物とされてきました。とはいえ、多くの人はあのニョロニョロした姿は苦手で、不意に見かけると驚いて逃げることでしょう。プレミアムフラワーの花コラム
今年の干支は、繁栄や財運をもたらすと言われる巳(へび)。縁起の良い干支が「2025年問題」に打ち勝ちますようにとの願いを込めて、今回は「蛇」の字のつく草本を集めてみました。大酒飲みのウワバミソウ
名前からは、おどろおどろしい姿を連想しますが、見た目はごく普通の山菜です。別名はミズ。イラクサ科ウワバミソウ属の多年性植物で、大蛇がいそうな沢沿いや湿地で生えていることからウワバミソウと呼ばれるようになりました。クセのない味で、どんな調理にも合う“山菜の王様”とも言われています。
葉の形状は、大蛇がとぐろを巻いているようにも見えます。6月から7月にかけて、紫がかったピンク色の鮮やかな花=写真右側=をつけます。説明文のような名前
“植物界のマムシ”
有毒植物で、球根の汁などに触れた手は炎症を起こし、汁を誤って口にすると下痢、嘔吐などの症状が現れ、時には心臓麻痺で死亡します。まさに“植物界のマムシ”です。毒々しくても毒はないヘビイチゴ
地面をはうツルから茎を伸ばし、黄色い花を咲かせ、実をつけます。実は毒々しい赤色をしており、毒があるのではと言われていましたが、実際は人が口にしても大丈夫です。私も子供の頃に食べたことがありますが、スカスカした感じで、美味しくはありませんでした。「蛇」の植物を探してみよう
ヘビに出くわしたくありませんが、「蛇」の字が付いた植物なら怖くはありません。他にもジャニンジン(蛇人参)、ジャケツイバラ(蛇結茨)、ジャノヒゲ(蛇の髭)、ジャヤナギ(蛇柳)など色々とあります。今年は干支にちなんで、折につけて探してみようと思っています。◇
※参考サイト
「倉敷市立自然史博物館 植物のページ 干支(ヘビ)にちなんだ植物」
「山菜採りシリーズ16(ウワバミソウ)」
「ヒロハヘビノボラズ 岡山理科大学」
「愛媛の植物図鑑」
「松江の花図鑑」
「季節の花300」
「日本のレッドデータ検索システム」
「国立科学博物館 ヘビイチゴ」
「おたより本舗年賀状」
花コラム第87回:四季の最後を飾る花~石蕗って、どう読むの?
第87回:四季の最後を飾る花~石蕗って、どう読むの?
2024.12.1 花の漢字には難しい読み方のものがあります。例えば杜若(かきつばた)、向日葵(ひまわり)、蒲公英(たんぽぽ)、秋桜(こすもす)、百日紅(さるすべり)、馬酔木(あせび)、山茶花(さざんか)、このコラムの第84回でご紹介した女郎花(おみなえし)……。 「石」は小学校1年生で習う教育漢字で、音読みは『せき』『しゃく』『こく』、訓読みは『いし』。「蕗」は大学・一般程度とされる漢字検定準1級の漢字で、音読みは『ろ』、訓読みは『ふき』。「石蕗」なら『せきろ』『いしふき』などと読みたくりますが、違います。 石蕗は名前に「蕗」の字があっても、蕗の仲間ではありません。キク科ツワブキ属の常緑多年草で、原産地は東北南部より南の本州、四国、九州や朝鮮半島南部、中国東南部など。晩秋から初冬にかけて花径3㎝前後の、キクのような黄色い花をつけます。江戸時代から観賞用として栽培されてきました。俳句の世界では「石蕗の花(つわのはな)」は冬の季語になっています。 葉の形は蕗に似ており、艶があることから、「葉に艶のある蕗」という意味で『艶葉蕗(つやばぶき)』、あるいは『つやぶき』と呼ばれました。それが『艶蕗(つわぶき)』に転化したと言われています。 山陰の小京都と言われる津和野=写真=のホームページによると、遠い昔、この地には石蕗が群生していました。ここに住みついた人々は「つわぶき」の可憐な花に目をとどめ、その清楚で高雅な風情に魅せられて、自分たちの住む里を「ツワブキの野」と呼び、それが町名の「つわの」となったと言われています。石蕗は町の花に指定されています。 「石の上にも三年」(辛抱すれば、いつかは成功する)、「雨垂れ石を穿(うが)つ」(小さな努力でも根気よく続ければ、最後に成功する)。石は辛抱や努力の大切さを説く諺に出てきます。 ※参考図書プレミアムフラワーの花コラム
それでは、四季の最後を飾る花「石蕗」は、どう読むのでしょうか?難しい漢字ではありませんが、読み方は一筋縄ではいきません。日本語は難しい
正解は『つわぶき』です。「石」には『つわ』の読み方はないはずですが…。日本語は難しいですね。「蕗」の字があっても蕗の仲間ではない
《たまゆらの夕日に凛と石蕗の花》(吉村ひさ志)『石』を当て字にした理由は?
ここまでは分かります。では、どうして『艶蕗』が『石蕗』と書かれるようになったのでしょうか? 海岸近くの岩場や崖などで自生することから連想して、『石』を『艶』の当て字にしたということが考えられます。『岩蕗』、『崖蕗』でもよかったかもしれませんが、これでは花の名前としては固すぎます。津和野の地名のもとになった
津和野のある島根県西部は、かつては石見(いわみ)と呼ばれていました。「石」の字に馴染みのある津和野の人が『石蕗』と名付けたということも考えられます。
※写真は「しまね観光ナビ」から転載「石」の字はツワブキにぴったり
石蕗の花言葉は「困難に負けない」。花の少なくなる季節に、養分の少ない所で花を咲かせる姿に由来しています。《辛抱して努力すれば、困難に負けない》。こう繋げれば、「石」の字はツワブキにぴったりのように思えてきます。
先人が何を、どう考えて花の名前をつけ、漢字を考えついたのか? あれこれ思いを巡らせるのも一興です。◇
「日本の花を愛おしむ」(著者:田中修、発行所:中央公論新社)
「ツワブキ」(著者:奥野哉、出版社:誠文堂新光社)
※参考サイト
「みんなの趣味の園芸 NHK出版」
「薬草と花紀行のホームページ」
「歴史と文化の薫る日本のふるさと 津和野町」
「津和野町観光協会」
「花言葉-由来」
「聖ヶ丘ニュース 校長ブログ ツワブキの花言葉」
「俳句のSalon 石蕗の花」
花コラム第86回:花の世界の冤罪(えんざい)事件~セイタカアワダチソウ
第86回:花の世界の冤罪(えんざい)事件~セイタカアワダチソウ 2024.11.1 静岡県で起きた一家4人殺害事件で強盗殺人罪で死刑を言い渡された男性(88)の無罪が10月、逮捕から58年もの歳月を経てようやく確定しました。死刑囚として人生の大半を獄中で過ごした男性の無念さは察して余りあります。 セイタカアワダチソウ=写真=はキク科アキノキリンソウ属の多年草本で、草丈は1~2.5 m。第二次世界大戦後にアメリカから輸入物資に付着するなどして大量に日本に入ってきました。背が高く、花や実が泡立って見えることから、この名前がつけられました。 強い繁殖力を持ち、河原や空き地などで群生します。茎の先端に鮮やかな小さな黄色い花をいっぱい咲かせて秋の野を彩りますが、評判は芳しくありません。 昭和40年代、生産過剰になったコメの生産量を調整する減反政策がとられ、全国各地で休耕田が広がりました。その地でセイタカアワダチソウが大量に生育し、ススキやキキョウなどの在来植物が少なくなっていきました=写真=。そして、50年代に入ってから花粉症患者が急増しました。 セイタカアワダチソウの“無実”を証明したのは、弁護士ならぬ植物研究者らでした。よくよく調べてみると、セイタカアワダチソウは虫媒花。虫を介して受粉を行うので花粉を飛ばすことはなく、花粉症の原因にはなりません。 “無実の罪”を被り続けたセイタカアワダチソウに、聖徳大学付属取手聖徳女子高の校長先生がブログで謝っています。 セイタカアワダチソウを見る世間の目は、校長先生のように変わったでしょうか?そうではないようです。 セイタカアワダチソウが嫌われ続けているのは、他の植物の発芽や成長を妨げる物質を出し、生態系を崩す(アレロパシー作用)のではないかと心配されているからです。その物質でセイタカアワダチソウも自家中毒を起こし、勢いが衰えてきているとも言われています。 ※参考図書プレミアムフラワーの花コラム
冤罪事件は後を絶ちませんが、花の世界でも冤罪はありました。汚名を着せられたのは、花粉症の“犯人”とされてきたセイタカアワダチソウ(背高泡立草)=写真=です。
背が高く、花が泡立って見える
秋の野を彩る花なのに評判は芳しくない
花粉症の“犯人”にされた訳は
花粉症はセイタカアワダチソウが増えた後に蔓延した。セイタカアワダチソウの近くでは花粉症の患者が多いようだ…。こうしたことが重なって、セイタカアワダチソウは花粉症の“犯人”とされました。“無実”が証明された
真犯人はブタクサ=写真=でした。ブタクサはキク科ブタクサ属の1年草で草丈は0.3~1.2m、先端に小さな黄色い花を咲かせます。風媒花で、花粉は風に乗って散らばります。背が高いことや花の付き方が似ていることから、セイタカアワダチソウはブタクサと混同されていたのです。
セイタカアワダチソウはお風呂に入れると実際に泡立ち、薬草風呂にも使われます。アトピーや喘息などの改善、炎症の緩和などの効用もあると言われています。実は人にとって役に立つ草本だったのです。
「誤解をして申し訳ありません」
《長年目の敵にしてきた「セイタカアワダチソウ」は花粉症の原因ではなく、薬草にもなる良草だったのです。本当に長い間誤解をしており申し訳ありませんでした。》
それでも“指名手配”は続く
セイタカアワダチソウは今もなお、環境省の重点対策外来種のリストに載っています。福井県大野市のホームページでは「セイタカアワダチソウの駆除にご協力ください」と見つけ次第、根こそぎ引き抜くよう市民に協力を呼びかけています=写真=。花粉症の“冤罪”が明らかになっても、セイタカアワダチソウの“指名手配”は続いています。
※写真は大野市のホームページから転載第二の冤罪事件?
しかし、この物質は特に強力ではなく、さほどの影響を他の植物へ与えないのではないかという研究もあります。野生の植物には、まだまだ分からないことが色々とあります。もしかしたら、セイタカアワダチソウは“第二の冤罪”を被りかけているのかもしれません。◇
「雑草のサバイバル大作戦」(作・画:里見和彦、発行所:世界文化社)、
「植物の生きる知恵 最強無敵の雑草たち」(著者:稲垣栄洋、小島よしを、発行所*家の光協会)
※参考サイト
「日本植物生理学会 みんなのひろば セイタカアワダチソウのアレロパシーと自家中毒について」
「みんなの趣味の園芸 NHK出版」
「聖徳大学付属取手聖徳女子高等学校 校長ブログ2020.11.5」
「効能が素晴らしい!セイタカアワダチソウの色々ご紹介!」
「【セイタカアワダチソウ】嫌われ者は実は健康の救世主だった!」
「環境省 生態系被害防止外来種リスト」
「大野市公式ホームページ 2021.2.18」
花コラム第85回:梅ではなく、藤が選ばれた理由
第85回:梅ではなく、藤が選ばれた理由 2024.10.1 新紙幣が7月に発行されました。キャッシュレス決済が増えたこともあって、現物はなかなか目にしなかったのですが、ようやく2か月後に新五千円札が我が家にやってきました。表面=写真上=は津田塾大学の前身の女子英学塾を創立し、女子高等教育に尽力した津田梅子、裏面=写真下=はフジ(藤)の花が描かれています。偽造されにくいよう複雑な色合いになっていますが、基調は紫色です。 紙幣のデザインは、通貨行政を担当している財務省、発行元の日本銀行、製造元の国立印刷局の三者で協議し、最終的に財務大臣が決定。これまでの慣例では、紙幣の表面の肖像が男性の場合は裏面に建造物や動物を、表面が女性の場合は裏面には花をあしらうようにしています。だとすれば「津田梅子=写真=が表なら裏は梅になるのでは」という声がネットで飛び交いました。 梅子の名前は、梅子の母親が庭の盆栽の梅がほころんでいるのを見て名付けたと言われています。津田塾大学の飯野正子・元学長は「津田先生は、まさに冬の厳しさに耐えて凛と咲く梅の花のように、気概を持って新しい世界を切り拓いた女性」と記しています。「凛と咲く梅」=写真=は津田梅子を象徴する花です。それなのに、どうして紙幣の花は藤になったのでしょうか? マメ科フジ属のフジ(別名ノダフジ)は4~5月に蝶のような形をした薄紫色の小さな花を房状に咲かせます。花のついた枝が垂れ下がる藤棚は、日本各地で名所になっています。 全国で苗字の多いランキングの1位は佐藤、5位は伊藤、10位は加藤。ベスト10の3つにまで「藤」の字が入っています。それほど、藤は昔から日本人の身近にあった花なのです。 藤=写真=の魅力を作家の幸田文は次のように記しています。 財務省などは「名前が梅子だから裏面の花は梅」というのはベタな、面白みに欠ける発想と考えたのでしょうか?幸田文のように《情緒の花》に魅入られて、あえて藤を選んだのでしょうか? 《裏面の図柄については(中略)各券種の色味やイメージに合うものを採用することとしています。紫色の五千円券には、古事記や万葉集にも登場し、日本では古くから広く親しまれている「フジ(藤)」の花を採用しています。》 ※参考図書プレミアムフラワーの花コラム
※写真は国立印刷局のホームページから転載梅は津田梅子を象徴する花なのに
※写真は津田塾大学のホームページから転載「野田の藤」は三大名所だった
ノダフジの名前は、古くから大阪市福島区の旧野田村の春日神社=写真=周辺で自生していたことから名付けられました。豊臣秀吉が見物に訪れたという記録や伝承も残っています。江戸時代は「野田の藤」は「吉野の桜」「高雄の紅葉」とともに三大名所と称されました。
※写真は大阪府神社庁ホームページから転載「藤」の付く苗字は多い
藤は「情緒」の花
《園の藤、棚の藤というと、一面ひとつらの幕になってさがる、ように思いちがえる。遠目にはその通りだが、近くみれば、よく似てしかもそれぞれだった。長い房はメートルを超して、優雅である。短い房は、同勢そろって、さざめくように揺れ、これも美しい。藤波というが、風がわたればまさに波とみえる。なんということもなくこの花に「情緒」という言葉を思い当てた。》
※同勢(どうぜい)=一緒に連れだっていく仲間藤が紙幣に採用された理由は?
そうではないようです。答えは財務省のホームページ「紙幣の裏面の図柄の選定理由を教えてください」に書いてありました。決め手は色味
《古くから広く親しまれている》ということでは、梅でもよかったはずです。《イメージ》では、梅は藤に負けていません。何のことはない、藤が紙幣と同じ《色味》の紫色だったことが決定的な選定理由になったようです。◇
「津田梅子」(著者:大庭みな子、出版社:朝日新聞社)
「花の名随筆 五月の花」の「藤 幸田文」(発行所:作品社)
※参考サイト
「新しい日本銀行券特設サイト 国立印刷局」
「財務省 紙幣の裏面の図柄の選定理由を教えてください」
「お札に関するよくあるご質問 国立印刷局」
「津田塾大学」
「みんなの趣味の園芸 NHK出版」
「全国苗字ランキング」
「朝日新聞degital 津田塾大学学長 飯野正子氏」2004~2012
花コラム第84回:オミナエシ(女郎花)は女性の矜持
第84回:オミナエシは女性の矜持(きょうじ) 2024.9.1 記録的な暑さが続きましたが、さすがに9月に入ると秋の気配がかすかに漂い、火照る体を癒すかのように秋の草花が咲き始めました。 秋の七草の一つ、オミナエシは、万葉集や源氏物語、枕草子などにたびたび登場し、古くから人々に親しまれてきた草花です。オミナエシ科の多年草で、8月から9月にかけて、茎の先端に直径4ミリほどの黄色い、小さな花が集まって咲きます。 「オミナ」は女性、「ヘシ」は圧倒するという意味の「圧(へ)す」の連用形。美しい女性を圧倒するほど美しいことから、オミナエシの言葉が生まれたと言われています。 「女郎花」が地名になったところがあります。京都府八幡市八幡女郎花。この地にある松花堂庭園がオミナエシに縁があると人づてに聞いて、行ってみました。4~5世紀の古墳を改修して造られた国指定の美しい名勝です。2ヘクタールほどの広い庭園奥の一画=写真=がオミナエシで黄色く彩られていました。遠目には菜の花のようにも見えます。 この地に伝わる女郎花の話は、能の演目=写真左側=になっています。 今でいうなら、この悲話は重婚か婚約破棄、あるいは出張先での不倫?いずれにせよ、頼風はとんでもない男ということになります。しかし、江戸時代までは上流社会では正室(正妻)の他に側室を認める側室制度があり、側室を持つのは男の甲斐性として是認されることもありました。 この制度の陰で、おびただしい数の女性が人としての尊厳を傷つけられ、涙を流してきました。頼風から顔をそむける女郎花は、そんな女性の気持ちを代弁していると言えるかもしれません。 菜の花のように見えた女郎花は、近づいてみると花びらの数は菜の花より1枚多い5枚。日差しの中では、黄色というよりも金色に輝いて見えました。草丈は60 - 100 cmと高く、か弱そうに見えますが、強い風に吹かれてもユラユラと揺れるだけで滅多なことでは倒れません。 ※参考図書プレミアムフラワーの花コラム
古くから親しまれてきた草花
美人を圧倒するほど美しい
漢字では「女郎花」と書きます。遊女に関した由来があるのだろうと思っていましたが、調べてみると違いました。日本語源大辞典によると、「女郎」の語源は身分の高い人を意味する「上臈(じょうろう)」。これが江戸時代に「女郎」に転じ、女性の名前の下につけて、敬意や親密の情を示す言葉になり、一般的な女性、若い女性を意味するようになりました。
女性の花ということで「女郎花」の字を充てたのでしょうが、その後、「女郎」は一般的な女性の意味は薄れ、遊女のイメージが強くなりました。女郎花が地名になったところ
花に生まれ変わっても許さない
《平安時代、八幡に住んでいた小野頼風が仕事で行った京で女性と契りを結び、仕事を終えて八幡に戻ってから女性と疎遠になりました。思い余った女性が八幡の頼風の家を訪ねると、頼風は別の女性と暮らしていました。
捨てられたと思った京の女性は放生川に身を投げ、女性が脱ぎ捨てた衣が朽ちて、そこから女郎花の花が咲きました。頼風が近寄ると、花はのけぞって、よけようとし、頼風が離れると、花は元に戻ります。女性の深い恨みに気づいた頼風は自責の念にかられ、自らも川に身を投げました。》
死んで花になってもなお頼風を許さないという女性の怨念は、鬼気迫るものがあります。庭園の片隅には、この女性を憐れんで人々が築いたという小さな五輪石塔=写真右側=が建っていました。
※能の写真は今年5月12日に矢来能楽堂で催された「観世九皐会 五月定例会」のポスター側室を持つのは男の甲斐性?
NHKで放映中の大河ドラマ『光る君へ』では、主人公のまひろ(紫式部)が道長に結婚を迫られ、「私を北の方(正室)にしてくれるということですか?」と訊ねる場面がありました。道長が「北の方は無理だ」と答えると、まひろは結婚を拒否します。この場合の結婚は正式のものではなく、妾になるというものでした。女性の気持ちを代弁
女性の矜持を花言葉に
女郎花は女性にたとえられることが多く、花言葉は「美人」「はかない恋」など。背筋を伸ばすように真っすぐに立つ姿を見ると、「女性の矜持」も花言葉に付け加えたくなりました。◇
「日本語源大辞典」(監修:前田富祺、発行所:小学館)
「謡曲集 上」(著者:伊藤正義、発行所:新潮社)
「花をめぐる物語 女郎花」(著者:馬場あき子、発行所:かまくら春秋社)
※参考サイト
「みんなの趣味の園芸 NHK出版 オミナエシ」
「八幡市観光協会 女郎花塚」
「中日新聞Web 能楽おもしろ鑑賞法34 『女郎花』行き違い美しく悲しく」
「女郎花悲話にみる人間行動」
「no+e gatokukubo 2020年9月9日」
花コラム第83回:平和の象徴・オリーブの高騰は世界への警鐘
第83回:平和の象徴・オリーブの高騰は世界への警鐘 2024.8.1 夏季五輪パリ大会は連日、熱戦が繰り広げられています。オリーブの冠は五輪の勝者の象徴とされていますが、そのオリーブが高騰しています。諸物価の値上げが相次ぐ中でも、オリーブオイルは倍以上になる製品もあり、値上がり率は際立っています。 オリーブと聞いて、多くの人が思い浮かべるのは花ではなく枝や葉ではないでしょうか。第二次世界大戦の2年後の1947年に制定された国際連合の旗=写真右側=は地球をオリーブの枝が取り囲むデザインです。 モクセイ科の常緑高木のオリーブは観葉植物としても人気があります。5月から6月にかけて、白に黄色が混じった花径3mmほどの小さな花=写真右側=を咲かせます。 オリーブの実は9月から翌年2月頃が収穫期です。オイルは12月頃に完熟して黒くなった実=写真=を搾って作ります。 そのスペインは2022、23年と2年連続で、過去100年で最悪と言われる干ばつに襲われ、オリーブは歴史的な不作になりました。これが、オリーブオイル高騰の原因です。 高騰の原因はまだあります。日本はオリーブ消費量の9割以上をスペインなどヨーロッパからスエズ運河を通る紅海ルートで輸入していました。ところが、イスラエルとハマスの紛争にからみ、ハマスと連携するフーシ派が昨年11月から紅海=地図の水色=周辺で船舶を攻撃。このため、多くの船舶は紅海を避けて大きく左回りして迂回、南アフリカの喜望峰=地図赤印=沖を航行するようになり、海上輸送費が高騰しました。 国際情勢はパレスチナ問題だけでなく、ロシアのウクライナ侵攻、アフガニスタン紛争などいくつもの武力紛争が今もなお継続しています。緊迫化する台湾情勢にからみ、中国の駐日大使は「日本が台湾の独立に加担すれば、日本の民衆が火の中に連れ込まれることになる」と発言。さらには北朝鮮から発射された弾道ミサイルが日本上空を通過するなどし、日本も国際紛争に無関係でいられなくなっています。 私たちは「戦後を生きている」と思い込んできました。しかし、最近の国際情勢を見れば、「もしかしたら日本は今、戦後であると同時に“戦前”なのかもしれない」という恐怖心すらわいてきます。パリ五輪はこれから佳境に入りますが、その間も世界各地では戦火はやまず、“平和の祭典”という五輪の形容詞は覚束ないものになってしまいました。 オリーブの価格は、気候、経済、国際情勢のいずれもが安定して初めて落ち着くものです。平和の象徴・オリーブの高騰は、平和が危機に瀕していると警鐘を打ち鳴らしていると言えるでしょう。 ※参考図書プレミアムフラワーの花コラム
国連旗とノアの方舟
この図案は旧約聖書の「ノアの方舟」に由来します。人間の邪悪な行いに怒った神は大洪水を引き起こします。信心深いノアや家族が乗った方舟は助かり、ノアが放ったハトはオリーブの枝をくわえて戻り、洪水が引き始めたことを知らせます。この話から、ハトとオリーブは平和の象徴になりました。たばこ「ピース」の箱の図案=写真左側=でもお馴染みです。愛らしい花は短命
何年か前の春先に“日本のエーゲ海”と言われる岡山・牛窓のオリーブ園=写真左側=に行きました。この時はまだ花は咲いていませんでした。職員の方は「開花期間は1週間ほどしかありませんが、愛らしい花です。散った後は、白い絨毯を敷いたようで、それも綺麗ですよ」と話していました。スペインが4割以上を生産
オリーブといえばイタリアを連想しますが、世界最大の生産国はスペインです。2021年は世界の総生産の4割以上はスペイン産でした。日本では小豆島や岡山などで生産していますが、生産量は世界の1%もありません。干ばつで歴史的な不作に
さらには2年前から始まった円安が高騰に拍車をかけています。1ユーロは昨年春は140円前後でしたが、今年7月には170円をつけ、輸入コストは大きく跳ね上がっています。紛争で海上輸送費が跳ね上がった
武力紛争はあちこちで継続
“戦前”かもしれないという恐怖心
オリーブの高騰が意味するもの
◇
「歴史の中の植物 花と樹木のヨーロッパ史」(著者:遠山茂樹、発行所:八坂書房)
「オリーブの歴史」(著者:ファブリーツィア・ランツァ、訳者:伊藤綺、発行所:原書房)
「2024年2月4日付日本経済新聞 スペインで非常事態宣言 過去100年最悪の干ばつ」
※参考サイト
「GLOBAL NOTE 世界のオリーブオイル生産量国別ランキング」
「スペインでオリーブオイルが高騰」
「スエズ運河ルートを回避!フーシ派の船舶攻撃 世界の物流混乱」
「内閣官房 国民保護ポータルサイト」
「世界で起こっている紛争問題」
「旧約聖書」
花コラム第82回:父の日に贈る花は?~宮沢賢治の場合
第82回:父の日に贈る花は?~宮沢賢治の場合 2024.6.1 6月16日は「父の日」。「母の日」と一緒にして、身近な人に感謝する「ファミリーデー」にしようという動きもありますが、今はまだ別々にするのが主流です。 本やネットで調べてみると、「バラが定番」という記述が数多く見つかりました。国民的作家の宮沢賢治(1896~1933年)が「真紅のバラ」を愛したというのは有名な話ですが、「父の日」に贈るバラは黄色=写真=とされています。しかし、ヒマワリやガーベラ、ユリ、胡蝶蘭などを勧める人もいて、バラ一択ではないようです。 「父の日」は20世紀初頭にアメリカで始まり、戦後間もなく日本に伝わりましたが、なかなか普及しませんでした。日本はまだ男性優位社会の色合いが強かったことから、「わざわざ男性が感謝される日を設ける必要なんてない」と考える人が多かったのかもしれません。 「母の日」の花と比べると、「父の日」の花はいささか影が薄い感じがします。「記念日のプレゼントは何がいい?」というアンケートはいくつかあります。どの調査でも「母の日」は花がトップにあげられる一方で、「父の日」はお酒、ネクタイ、グルメなどが上位にあげられ、花はベスト10にすら入っていません。花は女性に贈るものという考えが根強いのでしょうか? 宮沢賢治が真紅のバラを愛したという話は、賢治と親交のあった花巻共立病院院長の佐藤隆房氏が著書『宮沢賢治―素顔のわが友』=写真左側=で「賢治さんは私に立派な薔薇の苗二十種を届けてくれました」と書いたことから広まりました。賢治は主治医でもあった佐藤氏に新築祝いとしてバラを贈っていたのです。 賢治=写真=は128編の童話を世に送り出しました。作品に登場する花の中で最も多いのはバラの25回。二番目に多く登場するのは「花」という総称で17回、続いてユリとリンドウの各5回です。賢治のバラに対する思い入れの強さが伺えます。 賢治は37歳で、父親の政次郎より先に亡くなりました。政次郎は病弱だった賢治に惜しみない愛情を注ぎ、折に触れて経済的に、精神的に支え続けました。父親の話は門井慶喜が著した「銀河鉄道の父」=写真=で紹介され、映画にもなっています。 ※参考図書プレミアムフラワーの花コラム
母の日に贈る花はカーネーションと決まっています。ところが「父の日に贈る花は?」と聞かれても、すぐには思い浮かびません。黄色いバラの一択ではない
ようやく普及した父の日
1981年に「FDC 日本ファーザーズ・デイ委員会」が設立され、幸せの象徴である黄色をイメージカラーにして、普及に努めました。百貨店や酒販店などが父親にプレゼントを贈ろうというキャンペーンを展開したことなどと相まって、「父の日」の認知度は高まりました。花は女性に贈るもの?
※写真は横浜市の「お酒のアトリエ吉祥本店」のディスプレイ(2020年)賢治は主治医にバラを贈った
後に、賢治が贈ったバラは「グルス アン テプリッツ」=写真右側=と分かりました。和名は「日光」、花径7cmほどのビロードのような真紅のバラです。賢治の童話に最も多く登場する花
新築祝いには装飾品、お酒、観葉植物など色々と考えられます。賢治が数ある贈答品の中から、あえてバラを選んだのは興味深い話です。人と自然、宇宙の関わりを深く洞察した賢治には「花は女性に贈るもの」という固定概念はおよそありませんでした。賢治が父の日に贈るとしたら…
賢治は時には父親に反発もしましたが、その実、どれほど深く感謝していたことでしょうか。当時、父の日があったのなら、賢治は父親にも真紅のバラの花を贈っていたかもしれません。◇
「宮沢賢治―素顔のわが友」(著者:佐藤隆房、出版社:富山房企畫)
「銀河鉄道の父」(著者:門井慶喜、発行所:講談社)
※参考サイト
「宮沢賢治の童話作品に登場する植物について―山形大学農学部 平智、北原裕理、原理恵子、村岡睦美の4氏の共著」
「賢治が愛したバラ(3)-宮沢賢治の詩の世界」
「FDC日本ファーザーズ・デイ委員会」
「日本文化研究ブログ」
「FDC 日本ファーザーズ・デイ委員会」
花コラム第81回:カルミア~見かけによらないものもある
第81回:カルミア~見かけによらないものもある 2024.5.1 見るからに美味しそうな、可愛いらしい蕾(つぼみ)=写真左側=がつき始めました。カルミアです。子供の頃によく食べた「アポロチョコレート」=写真右側=のようです。思わず手に取って、口に入れたくなります。 カルミアはツツジ科カルミア属の常緑低木で、原産地は北アメリカ。和名はアメリカシャクナゲです。明治時代に日本に渡来しましたが、日本の風土に合っており、育てやすい花木とされています。 花言葉は、レースの日傘を広げたような花の形から連想した「優美な女性」。多くの花が集まって、手を広げたような形で咲くことから「大きな希望」。見た目通り、好印象の言葉が続きます。 宇宙船「アポロ11号」=写真=は1969年、人類で初めて月面に着陸。この年、明治製菓は宇宙船をイメージしたアポロチョコレートを発売しました。以来、半世紀以上にわたって子供たちに親しまれてきましたが、昨秋に販売終了。今は後継の「みんなのアポロチョコレート」が発売されています。 新商品について調べようと明治製菓のホームページを開いてみると、商品紹介よりも目立つ形で「紅麹原料」に関する「お知らせ」=写真=が載っていました。 小林製薬が使用中止を呼びかけている機能性表示食品のサプリメント『ナイシヘルプ』=右側=には「内臓脂肪を減らす」、『紅麹コレステヘルプ』=写真左側=には「悪玉コレステロールを下げる」などと効能が大きく書かれていました。これを読めば、多くの人が「飲めば健康になれるだろう」と思うでしょうが、逆に健康を害することになってしまいました。 見た目は同じようなカルミアとアポロチョコレート。カルミアは美味しそうに見えながら、葉には毒を持っていました。 ※参考図書プレミアムフラワーの花コラム
蕾も花も美味しそう
5月から6月にかけて、花径1~3㎝の白やピンクの花笠のような形=写真=の花を咲かせます。花もなかなか美味しそうに見えます。
花に裏切られた!
ところが、意外な花言葉もありました。「裏切り」。英語では「Lambkill(羊殺し)」という別名もあります。理由は、カルミアの葉が運動麻痺や呼吸困難などを引き起こすグラヤノトキシンという毒を含んでいるからです。家畜が誤食して死亡することもあります。
美味しそうに見える花が、こんな毒を持っているなんて……。まさに裏切られた思いがします。グラヤノトキシンはカルミアだけでなく、レンゲツツジ=写真左側=、アセビ=写真中央=、ネジキ=写真右側=などツツジ科の多くの草にも含まれているので注意が必要です。宇宙船をイメージしたチョコレート
回収対象の紅麹は使っていません
小林製薬の紅麹の成分を含むサプリメントを摂取した人が腎臓病などを発症したことから、同製薬は紅麹関連商品の使用停止を呼びかけるとともに、自主回収を急いでいます。「お知らせ」は、明治製菓の製品は小林製薬が回収している紅麹原料を二次原料を含めて使っていないというものでした。健康食品が健康を害した
見た目だけでは分からないことも
一方のアポロチョコレートは、見た目通りに美味しくて、製品に問題はありませんでした。しかし、小林製薬の健康になる思われたサプリメントが健康を害していた“とばっちり”を受けて、明治製菓はわざわざ“安全宣言”をしなければならなくなりました。
見かけによらないものは、色々とあるものです。◇
「みんなの趣味の園芸 NHK出版」
「産経新聞3月28日 小林製薬の紅麹『使用していない』風評被害を懸念し安全性を強調、日清や明治など」
※参考サイト
「花言葉辞典」
「クイックガーデン 庭サポ 可愛らしく魅力的な花カルミア」
「ツツジ科の成分グラヤノトキシンによる中毒の最近の話題」
「自然毒のリスクプロファイル 厚生労働省」
「明治製菓」
「小林製薬」
花コラム第80回:ソメイヨシノは「散る桜」
第80回:ソメイヨシノは「散る桜」 2024.4.1 春爛漫。桜前線が北上して日本列島をピンク色に染めていき、満開の桜のもとに人々が集っています。お花見は多くの人が楽しむ国民的行事とも言えるでしょう。 桜は咲く姿だけでなく、散る姿も心を打ちます。 日本には数百種の桜がありますが、そのうち約80%はソメイヨシノ=写真=です。ソメイヨシノは江戸時代後期にエドヒガンザクラとオオシマザクラを交配して生まれました。当時の人は、それまでの桜にはない繊細な美しさに驚いたことでしょう。しかし、この品種は同じ花の雄しべと雌しべの自然交配では受精せず、子孫を残すことは出来ません(自家不和合性)。そこで、接ぎ木によって増やされてきました。 接ぎ木は同じ遺伝子を持つ個体、つまりクローンを作り出すことです。1996年に世界で初めてのクローン動物・羊の「ドリー」が誕生して大きな話題になりましたが、接ぎ木は平安時代から行われていました。植物の世界では、動物よりはるか昔からクローンが誕生していたことになります。 ソメイヨシノは花径3〜4cm、5枚の花びらの先に切れ込みが入っています=写真=。咲き始めはピンク色ですが、次第に白っぽくなっていきます。 日本各地の開花予想日を線で結んだ「桜前線」も、ソメイヨシノがクローンだから生まれた言葉です。クローンはお花見には都合が良いようです。しかし、そうとばかりは言っていられないこともあります。 今、私たちが目にしているソメイヨシノの多くは、戦後の高度経済成長期(1955~1973年)に全国各地で競うようにして接ぎ木で植えられたものです。クローンは寿命もほぼ同じで、60~80年と言われています。だとすれば、間もなく寿命が尽きることになります。 こうしたことから、桜名所づくりに取り組み、これまでに200万本以上の苗を配布してきた公益財団法人「日本花の会」は2009年からソメイヨシノの販売を中止。その代わりに「てんぐ巣病」に強いジンダイアケボノ=写真左側=やコマツオトメ=写真右側=への植え替えを推奨しています。 ソメイヨシノは品種そのものが「散る桜」になる定めのようです。 ※参考図書プレミアムフラワーの花コラム
散る桜 残る桜も 散る桜
「散る桜 残る桜も 散る桜」。良寛和尚が辞世の句として詠んだとされています。どんなに美しく咲いている桜もいつかは必ず散るものだ。ハラハラと舞い散る花びらを見て、風情があると思う人もいれば、世の無常を感じる人もいます。桜の80%はソメイヨシノ
植物のクローンは平安時代から
※写真はドリーのはく製(スコットランド国立博物館所蔵)クローンだから一斉に咲いて散る
その咲き方、散り方にも特徴があります。昔の日本の花見は主にヤマザクラが対象でした。1本1本、遺伝子の異なるヤマザクラは個体によって咲くのも散るのもバラバラです。これに対して、クローンのソメイヨシノは気候や土壌など生育条件が同じなら、一斉に咲き、一斉に散ります。この特徴があるから、“見渡す限り満開の桜”という絶景が楽しめるのです。クローンだから環境に適応出来ない
生物は環境の変化に適応して耐性を身につけますが、単一クローンのソメイヨシノは突然変異でも起こさない限りは、新しい耐性を得ることはありません。このため、ソメイヨシノは他の桜よりも、枝が異常に密生して花が咲かなくなる「てんぐ巣病」に弱く、管理している自治体などは対策に頭を痛めています。間もなく寿命が尽きる?
ソメイヨシノは花見客に根元を踏み固められて樹勢が衰えることがあります。さらには地球温暖化が進めば、日本の南部ではソメイヨシノは生育しなくなるのではという指摘もあります。代替品種への植え替えが進む
関西の桜の名所・宝塚大劇場(兵庫県宝塚市)前の遊歩道「花の道」でもソメイヨシノが枯れたり衰弱したりしていることから、同市はジンダイアケボノに植え替えることにしています。
※写真は「日本花の会 花図鑑」から転載お花見で目にする光景は徐々に変わる
代替品種のジンダイアケボノはソメイヨシノとほぼ同じ時期に開花しますが、花弁はより濃く、グラデーションがあります。コマツオトメはソメイヨシノよりは早く咲き、花弁は小ぶり、色は濃い目です。
お花見で目にする光景は、徐々に変わっていくことでしょう。◇
『桜が創った「日本」―ソメイヨシノ 起源への旅』(著者:佐藤俊樹、発行所:岩波書店)
「街路樹を楽しむ15の謎」(著者:渡辺一夫、発行所:築地書館)
「桜の王者ソメイヨシノ 見えてきた起源」(2018年3月4日産経新聞)
「『はなの道』サクラ復活へ 宝塚市対策始める」(2024年3月22日読売新聞)
※参考サイト
「国立科学博物館 日本の桜」
「公益財団法人 日本花の会」
「このはなさくや図鑑(小松乙女)」
「ジンダイアケボノ 石川県」
「庭木図鑑 植木ペディア」
花コラム第79回:マーガレット~恋が必ず実る花占い
第79回:マーガレット~恋が必ず実る花占い 2024.3.1 占いがブームになっています。コロナ禍や天災、政治の混乱、緊迫化する国際情勢などが相まって、先行きの見えない不安感が漂っていることが背景にあるようです。 占いの歴史は古代にまで遡ります。花占いの起源ははっきりしませんが、古くからヨーロッパなどで行われてきました。占いには、コスモス、デージー、サイネリアなど花びらの多い花が使われますが、マーガレット=写真=が定番と言われています。 マーガレットはキク科モクシュンギク属の多年草で、3~7月に白色の一重咲きの花をつけます。黄色やピンクの八重咲きの花も栽培されています。乙女が心惹かれる花とされ、欧米では女性の名前にもよく使われます。集英社が1963年に創刊した2冊の少女漫画雑誌の名前は「マーガレット」=写真=と「別冊マーガレット」でした。 ゲーテが1808年に著した戯曲「ファウスト」第一部では、ファウスト(Faust)と散歩していた恋人のマルガレーテ(Margarete)が道端の花を摘み、恋占いをします。 この花もマーガレットだったと言われることが多いのですが、ゲーテの戯曲には「シオン」=写真=と書かれています。マルガレーテはドイツ語圏での女性の名前ですが、英語圏ではマーガレットになります。ファウストの登場人物の名前が花占いに使われた花の名前と取り違えて伝えられたようです。 「好き」と「嫌い」は「子供は食べ物の“好き嫌い”が多い」などと言うように、合体して一つの名詞になっています。順番は「好き」が先で、「嫌い好き」とは言いません。花占いをする場合も大半の人は最初に「好き」を唱えるでしょう。そうすると、花びらが奇数の花は「好き」で、偶数の花は「嫌い」で終わります。 占いは、運命や未来のことなど予測できないことを予言するものです。花びらの枚数の決まっている花を使った花占いは、占う前から結果は決まっています。これはもう占いではなく、花びらをむしり取るだけの遊びと言えなくもありません。 ※参考図書プレミアムフラワーの花コラム
占いにも色々ありますが、花占いは多くの人が一度はやったことがあるのではないでしょうか。「好き」「嫌い」と交互に口にしながら花びらを一枚ずつむしり、最後の花びらが「好き」なら恋は実り、「嫌い」なら実らないというものです。マーガレットは花占いの定番の花
乙女が心惹かれる花
「ファウスト」の恋人も占った
《マルガレーテ/span> お好き。お嫌い。お好き。お嫌いー
(最後の一片をむしり取って、さもうれしそうに)
お好きだわ。
ファウスト 好きだとも。この花占いを、
神々のお告げだと思っておくれ。》
※写真はドラクロワ作「マルガレーテを誘惑しようとするファウスト」
※戯曲は高橋義孝訳人と花の名前を取り違えた?
マーガレットは恋が実り、コスモスは実らない
花には花びらの枚数が決まっているものと決まっていないものがあります。いくつかのサイトでは「マーガレットの一重咲きの花びらは21枚」と書かれています。実際にマーガレットの写真を集めて花びらを数えてみると、20枚、22枚など偶数も結構ありますが、総じて奇数の21枚が多いということでしょう。ということは、この花で占えば「好き」で終わるケースが多くなります。
ちなみに、コスモスの花びら=写真=は偶数の8枚と決まっています。最後の花びらは必ず「嫌い」になり、占った恋は実りません。花びらの枚数で決まる占い結果
「ファウスト」のマルガレーテはどうだったのか? 気になって、シオンの花びらの数を調べてみました。14枚、17枚、16枚、15枚…。個体によって花びらの数はまちまちでした。これなら、占いになります。◇
「ファウスト第一部」(作者:ゲーテ、訳者:高橋義孝、発行所:新潮社)
「花をめぐる物語」(著者:星野椿ら、発行所:かまくら春秋社)
「私の少女マンガ史」(著者:小長井信昌、発行所:西田書店)
※参考サイト
「マーガレットとは みんなの趣味の園芸」
「マーガレットの花 育て方・楽しみ方」
「花木図鑑 マーガレット」「乙女の期待を裏切らない科学的な花占い マーガレット」
※ドラクロワの絵画は国立西洋美術館のホームページから転載。